
つい感情的になって「こんな会社、もう辞めてやる!」と言ってしまった。
そんな経験がある方もいらっしゃるかもしれません。ですが、少し時間が経って冷静になると、「やっぱり辞めるのはやめたい」と思い直すこともあるでしょう。
では、一度伝えてしまった退職の意思を、その後になって取り消すことはできるのでしょうか?
退職の申出とは
「退職の申出」とは、労働者が自らの意思で労働契約を終了させたいと会社に伝える行為を指します。
一般的には退職届の提出をもって退職の申出となりますが、「退職します」と口頭で退職を伝えた場合においても退職の申出として有効です。
法律上は、このような退職の申出を「辞職の意思表示」と呼び、民法627条に基づく労働契約の終了手続きとして位置づけられています。
退職の申出が有効になるタイミング
退職の申出は、民法上の意思表示に該当し、その効力が生じるタイミングについては、原則として「相手方に到達したとき」とされています。すなわち、労働者が「退職したい」という意思を有していても、それを使用者側が現実に認識していない段階では、法的な効果は発生しません。
たとえば、退職届を上司の机の中に無断で置いておいたとしても、それを上司や人事担当者などが実際に確認・認識しない限り、退職の意思表示が「到達」したとは評価されません。したがって、このような方法では退職の効力が発生せず、形式的には退職の申出が未了とみなされる可能性がある点に注意が必要です。
退職の申出の撤回
それでは、一度退職の申出を行った後に、その意思表示を撤回することは可能なのでしょうか。
退職の申出は、労働者が一方的に労働契約の終了を求める意思表示、すなわち「辞職の意思表示」として民法上は契約解除の一形態と位置づけられます。したがって、原則として、退職の意思が会社(使用者)に到達し、受け取られた段階でその意思表示は法的効力を持ち、労働契約の終了に向けた法的手続きが進行することになります。
しかしながら、退職の申出の撤回がまったく不可能というわけではありません。民法上、契約関係の変更や解除に関しては、契約当事者双方の合意があれば、その内容を変更することも可能です。つまり、退職の意思表示を行った後であっても、会社側がその撤回に同意する、すなわち退職をなかったことにすることについて会社と労働者の間で合意が成立すれば、その撤回は法的に有効と解されます。
退職の申出の撤回が無効とされた判例
退職願を人事部長に提出して受け取られたあとに、従業員が「やっぱり辞めたくない」と撤回を申し出たものの、会社がそれを認めなかったために、撤回は認められず退職が有効とされたケースがあります。このような事例として有名なのが「大隈鐵工所事件」です。
この事件では、労働者が同僚の失踪をきっかけに会社の退職を決意して人事部長に退職届を提出し、人事部長はその日のうちに退職手続を進めました。ところが翌日になって労働者が退職の意思表示を取消ししたいと旨申し入れたところ会社が拒否。職願の撤回が有効かどうかが争われた事例です。
この事例では、人事権をもつ人事部長が退職願を受理したことによって退職の意思表示が会社でも承諾され、雇用契約の解約について双方の合意ができたものとみなすことができる。人事権をもつ部署長が退職届を受理して退職手続きを進めたことは、会社全体の承諾意思とみなすことができる。と判断されました。
まとめ
退職の申出は、労働者が自由に行える権利である一方で、法的には「労働契約の終了を申し出る重大な意思表示」として扱われます。
いったん会社に伝わった退職の意思は、原則として撤回することができず、撤回には会社の同意が必要です。
特に、退職願を提出した後に「やっぱり辞めたくない」と思い直しても、会社がそれを認めなければ、撤回は無効となる場合があります。
退職をめぐる思わぬトラブルを防ぐためにも、たとえ一時的に感情が高ぶった場面であっても、感情に流されることなく、冷静に状況を見極めたうえで慎重に判断することが重要です。